長野の八幡宮(ながののはちまんぐう)

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番号 6035 種別 伝説

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日本伝説大系 文化叙事伝説 英雄 八幡太郎義家 -
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AT分類 -

執筆者名 長山幹丸 編者名 -
書名・誌名 秋田の伝説
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 秋田県仙郡北協和村上淀川  蓮西寺
発行年月日 昭和40年2月25日 発行年(西暦) 1965年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 169 終了頁 171
文体 通行体
冒頭文 この八幡宮は、八幡太郎義家公が、長野の八乙女の城に籠った安倍一族征討の時に、
結末文 それ以前は真言宗であったという。

あらすじ この八幡宮は、八幡太郎義家公が長野の八乙女の城に籠もった安倍一族征討の時に、御早創されたもので祭神は山城国鴿の峯より遷されたという。その外疾鉾(とぼこ)に八幡の二字を彫って神宝として納められ、舞獅子の霞として長野村の五百刈の田地を寄付したという。この社僧は真言派で上洛山源勝寺をたてたが、その後無住となった。近隣の半内という者が神社を守ってきたが、彼亡き後、村人は半内の縁類にあたる杢右衛門を神社の守り役とした。杢右衛門の娘が広久内の久兵衛に嫁ぎ、孫を見せに来た時、杢右衛門は神宝の御鉾を与え、久兵衛は家宝として大事にした。この鉾は「おこり」にきき、長野の村人は返してくれるように申し出たが、久兵衛が断ったため、八幡宮には帰らなかったという。寛政二年八幡宮の拝殿を再建した時も、断られたという。一方、幕林山聖光寺の由来書によると、八幡宮の草創は義家公ではあるが、前九年の役の安倍氏ではなく、後三年の役の清原氏征討の時とある。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) 中仙町長野
地域(現地名) 大仙市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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