| あらすじ |
「秋田県天然記念物大巻枝垂桜」のことである。当町内の文化財としては、「小杉山円満寺の二の舞の面」心像の市道の「運七窯跡」それにこの大巻の「枝垂桜」と三件が指定されている。この桜が指定されたのは昭和30年1月24日のことで、幹は周3・8m、高さ17・3m、樹令およそ300年ということになっている。大巻字宅地菅原忠雄氏の邸内にあって、同家の氏神菅原神社の側に立っている1本の巨木である。当家は旧名を菅原三右工門といったが、もとは協和村の中村(峰吉川)に住み、元木の仁右工門(もときのにえもん)といった。中村は年々雄物川に削りとられ、増水で浸水も多くなり、一段と高い雄物川向かいの「古巻」(ふるまき=西仙北町)に一族とともに移り住んだ。ところが幾年の後、また同じことになり、やむなく現在の「大巻」の地まで、川から遠のいて来たと伝えている。享保の頃で、今も古巻には当時の墓石が残っている。枝垂桜はこの時に一抱もあったもので屋敷から移したものである。京都祇園の桜と同種で、花が皆散ってからでないと葉がでないという。当家は代々肝煎役をつとめ、親類縁者もそのような地位が多いといわれている。今も樹勢が盛んなのは、下が畑で踏まれず肥料も多いということもあるが、この家に生れて、家を継いでいられる、キク婆さん(67才)のお話から、植物という区別を超えて、愛情こめて家族の方々と守り語り継いでいることがうかがわれた。 |