おとら畑(おとらはたけ)

詳細情報

番号 1857 種別 伝説

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日本伝説名彙 坂・峠・山の部 屋敷・城跡(屋・田・村・森・畑・原) - -
日本伝説大系 文化叙事伝説 英雄 - -
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AT分類 -

執筆者名 黒沢せいこ 編者名 はたはた編集部
書名・誌名 横手盆地のむかしっこ
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 はたはた編集部
発行年月日 平成14年4月20日 発行年(西暦) 2002年4月20日
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 159 終了頁 161
文体 方言
冒頭文 むが~し、昔のごどだけど。
結末文 とっぴんぱらりのぷう。

あらすじ  昔、横手の裁判所の奥、本多上野介の墓のある高台一帯に畑があり、「おとら畑」と呼ばれていた。徳川の重臣だった本多家も、三代将軍家光の時失脚し、佐竹の殿様に預けられ横手に配流になった。本多上野介正純とその息子正勝は横手城の南、上野台に幽閉され2人とも亡くなってしまった。横手に来て正純父子の悲運な死を聞いたおとらは尼となり、墓所の近くに小さな尼寺を建てて正純の霊を弔い続けた。やがて幾十年の歳月が流れておとらも老の身となり、誰一人として死に水を取ってくれる人もないままに亡くなったが、その遺骸は庵のかたわらに埋葬された。 正純父子とおとらの墓は、その後は弔ってくれる人もなく雑草にかくれるようになったが、そのころから異変が起こるようになった。しかも、その土地の所有者は転々と変わったが、所有したどの家でも不幸が起きるので、おとらの怨霊がつきまとうのだという噂が流れた。 明治の初め、根岸町の向重右衛という人が所有者になった。その後も持ち主が変わったが不幸な事が起こり続け、昭和の頃まで続いた。おとら屋敷の跡は、畑にする人もおらず、空き地になっており、附近の人から丁寧に供養されている。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) -
地域(現地名) 橫手市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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