黄金の阿弥陀仏(おうごんのあみだぶつ)

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番号 6136 種別 伝説

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日本伝説名彙 祠堂の部 薬師・観音・不動(仁王・毘沙門・大師・権現・閻魔・如来・仏堂・鐘・弁天・稲荷・大明神・神社・宮) - -
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AT分類 -

執筆者名 長山幹丸 編者名 -
書名・誌名 秋田の伝説
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 秋田県仙郡北協和村上淀川  蓮西寺
発行年月日 昭和40年2月25日 発行年(西暦) 1965年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 216 終了頁 218
文体 通行体
冒頭文 千畑村千屋字小森の地にある社である。
結末文 この千屋の小森の社に安置されることになったものという。

あらすじ 千畑村千屋字小森の地にある社である。昔この里の神官の佐藤氏の家に、黄金の阿弥陀仏があった。小松の内大臣重盛朝臣の護身仏で、治承四年(一一八〇)の頃、重盛卿が船で陸奥の七浜に着岸し、浜から西七里程山奥の嶋森の地に一刹を建立し、小松山重盛寺と号された。旧臣を始め、多くの人々が田畑を開いて土着した。重盛寺の十二世の住僧に心道和尚がおり、舎弟の医師吉田玄康が寺の御宝物をほめたたえると、黄金の阿弥陀仏を授け与えた。玄康は永禄三年の夏、松前に渡り、医業を行い、三代をへて、縁類の徳治を後継ぎとした。徳治は魚漁を家業とし、元文三年の松前騒動で、仏像を故郷の村長丹右衛門に頼んだが、息子が盗み出し、騒ぎとなった。浦一帯に悪病が発生し、徳治は若者を娘の婿として御仏と共にもらい受けることにした。母からの便りで若者は故郷の千屋に帰り、年月が流れ、佐藤神主の勧めで神官の家跡をつぐことになり、黄金の御仏は千屋の小森の社に安置されることになったという。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) 千畑村千屋
地域(現地名) 美郷町
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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