慈眼山宝泉寺(じがんざんほうせんじ)

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番号 6098 種別 伝説

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日本伝説名彙 祠堂の部 薬師・観音・不動(仁王・毘沙門・大師・権現・閻魔・如来・仏堂・鐘・弁天・稲荷・大明神・神社・宮) - -
日本伝説大系 文化叙事伝説 仏 - -
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AT分類 -

執筆者名 長山幹丸 編者名 -
書名・誌名 秋田の伝説
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 秋田県仙郡北協和村上淀川  蓮西寺
発行年月日 昭和40年2月25日 発行年(西暦) 1965年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 204 終了頁 204
文体 通行体
冒頭文 この寺は、もと大野村の西北にあたる林の沢の上野平という地に、大同二年(八〇七)に坂上田村麻呂将軍のたてられた寺という。
結末文 この寺は天台、真言の僧侶が入交りて住職となっていたが、その後禅林曹洞宗となったという。

あらすじ この寺は大野村の西北にあたる林の沢の上野平の地に、太同2年(807)に坂上田村麻呂将軍のたてられた寺という。寺に鏡の井という井戸があり、村人達は容姿を写して影のあらわに写らない人は長寿できないといい、影を写してみる人達が多かった。今は土川の寺に移して岩井というが寺跡はもと地獄沢と言われていた。夜になると沢の奥から乳児の泣き声がしたり、鶏の鳴き声や米つきの音までし、特に米つきの音は昼もし、この音を聞くと早死にするといわれ、誰も近寄らなかった。いろいろの泣き声がすることから哭(なき)沢といわれている。寺は哭沢から、西ノ野に移り、玉慶という和尚が住んでいたが、ある時、黒沢山の鳥が「玉慶」「玉慶」と鳴くので、玉慶が黒沢山に登ると霊地であったため、寺を黒沢山に移した。この寺は天台、真言の僧侶が入り交じりて住職となっていたが、その後禅林曹洞宗となったという。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) 西仙北町土川
地域(現地名) 大仙市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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