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唐松神社(からまつじんじゃ)

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番号 6087 種別 伝説

  大分類 中分類 小分類 番号
日本伝説名彙 祠堂の部 薬師・観音・不動(仁王・毘沙門・大師・権現・閻魔・如来・仏堂・鐘・弁天・稲荷・大明神・神社・宮) - -
日本伝説大系 文化叙事伝説 英雄 - -
日本昔話名彙 - - - -
日本昔話大成 - - - -
日本昔話通観 - - - -
世間話 - - - -
AT分類 -

執筆者名 長山幹丸 編者名 -
書名・誌名 秋田の伝説
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 秋田県仙郡北協和村上淀川  蓮西寺
発行年月日 昭和40年2月25日 発行年(西暦) 1965年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 199 終了頁 200
文体 通行体
冒頭文 協和村境の唐松神社は安産の神として有名である。
結末文 また、元閑院宮家の祈願所ともなっている。

あらすじ 協和村境の唐松神社は安産の神として有名であり、昔、神宮皇后三韓征伐の帰途、北海御巡遊なさった。(一説には暴風にあって秋田海岸に漂着したともいう。)男鹿半島につき、雄物川を遡行し岩見川に入り、岩見三内の地より、船岡の宇津野に入り、祠を営み、船玉神祀った。水が清く、河底まで見えるところから岩見川と命名されたという。その後、君ヶ野を経て、神霊を奉持して、境唐松神社の西北十町余の日殿山に仮殿を設け、数ヶ月お住みになった。日殿山には斜潟という史跡がある。現在の唐松神社は低地に建ち、石段を下ってゆく珍しい神社である。佐竹侯の国替時代は裏手の唐松山にあったが、国替後、義処公が領内御巡視をした折、下馬札を無視して落馬され、怒って平地に神社をおろして建てさせた。「馬落とし場」という地名は、「下馬札」のたっていたところ、「コトリバ」は禊をしたところで「コリトリバ」から訛ったものである。神功皇后の伝説は、由利郡象潟町の蚶満寺にもある。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) -
地域(現地名) 大仙市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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