申松塚(さるまつづか)
詳細情報
| 番号 | 5631 | 種別 | 伝説 |
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| 大分類 | 中分類 | 小分類 | 番号 | |
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| 日本伝説名彙 | 塚の部 | 塚(穴) | - | - |
| 日本伝説大系 | 自然説明伝説 | 塚 | - | - |
| 日本昔話名彙 | - | - | - | - |
| 日本昔話大成 | - | - | - | - |
| 日本昔話通観 | - | - | - | - |
| 世間話 | - | - | - | - |
| AT分類 | - | |||
| 執筆者名 | - | 編者名 | 西仙北町 |
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| 書名・誌名 | 町の昔をたずねて | ||
| 書名(全集名等) | - | 巻・号 | - |
| 発行所 | 西仙北町 | ||
| 発行年月日 | 昭和53年2月 | 発行年(西暦) | 1978年 |
| 所蔵先 | 秋田県立図書館 | ||
| 開始頁 | 113 | 終了頁 | 113 |
| 文体 | 通行体 | ||
| 冒頭文 | 山川の清流で、卵から孵化した鮭が、一旦清流を下り、海で成魚になれば、再び生まれ故郷の、山川に帰って来て、産卵するという習性の | ||
| 結末文 | アンデスの山を越えなば太平洋 指をぬらさん故国よりの汐 | ||
| あらすじ | 申松塚は、刈和野、石名坂を上りつめた路傍にある。開田のために、辛くも一部を残しているが、これは、文禄の昔「申松」が故郷を去る時、一株の桜を植えて行ったという塚である。文禄元年(1592)5月、戸沢氏は城主光盛が17才で播州姫路で急死。相続が危ぶまれ、浮かびでたのが、先代盛安の子で、甘酒さん子に生まれた、申松であった。盛安は黒沢城(土川黒沢城跡)に隠居、鷹狩りのみちすがら村雨にあい、さん子の家に雨宿りをした。遂に「そばめ」となり申松が生まれた。戸沢家第一の臣楢岡豊前の働きで、盛安亡き後の身寄り先である東光坊から、母子を連れ帰った。その時一株の桜を駕籠の中に入れて持った。だが間もなく「いばゆ野」まで来た時に、桜を植えさせた。今柱標のあるのがその場所である。申松9才の時である。桜は生木したが年々の野火で「ひこばえ」となり長く花を咲かせていたが、今はただ盛土となっている。申松は後に九郎五郎政盛と名のり戸沢二十一代の主となり、慶長七年常州松岡に所替え、元和八年(1622)更に、羽州最上郡新庄へ替えられ六万八千二百石の領主になった。 |
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| 追記 | - |
| その他 | - |
| 地域(原文に書かれている地域名) | - |
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| 地域(現地名) | 大仙市 |
| 史跡等 | - |
| 音声データ | - | 音声収録年月日 | - | 音声収録年(西暦) | - |
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| 話者名 | - | 話者情報 | - | ||
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