赤田の閑居さま(あかだのかんきょさま)

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番号 5630 種別 伝説

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執筆者名 - 編者名 西仙北町
書名・誌名 町の昔をたずねて
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 西仙北町
発行年月日 昭和53年2月 発行年(西暦) 1978年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 96 終了頁 96
文体 通行体
冒頭文 「赤田の閑居さま」(あかだのかんきょさま)といえば、誰も知らないものがない程の名僧で、まず火難よけの龍のこと、それから雨乞
結末文 是山、泰覚、長谷老人、はそのお名まえであります。

あらすじ 名僧で不思議もたくさんあるが、殊に火難よけの龍は有名である。昔、仙北の椀売り商人が矢島に行き、娘を嫁にくれた家に泊まった。その夜中四五軒先で火事が起り、身ばかり逃げた。両隣とも焼けその家ばかり残っていた。お上のお調べで、椀商人の荷物の 中に閑居さまの龍の掛け物があったからとわかった。この和尚さまは、享保17子年2月15日、由利郡赤田村、長三郎の長男に生まれ、幼名を「大助」といった。胎内にあること13ヶ月、2才でもののいいはじめは、なむあみだぶつ、5才で掌の中で雀に米を食わせ遊んだ。13才で武士の家に奉公に出て、20才で家に帰った。山にこもって修業を積み、23才で亀田龍門寺の義天和尚の弟子となり、「是山(ぜざん)」と改名。25才で松本村西林寺で長老となる。更に義天和尚の後を受けて光禅寺2世となった。遂に44才で赤田の滝の沢に不動尊を建て隠居して、文化8未年(1811)7月15日、80才で遷化された。 当町内の大沢郷地区は、閑居さまの奇跡や御遺物御作品が数多くのこっている。中でも「水上(大沢郷みずがみ)」の「与兵衛家(現田村操家)」にはかたみの「袈裟(けさ)」が、今に伝えられている。10年も前までは「おまじない」で借りられ、特に精神異常となった人に御霊験があったという。唐織(からおり)で立派なものである。これは同家から出た「祖田光淳和尚(明治初め死亡)」が亀田の龍門寺の英苗方丈の弟子となり仏門に入り、壮年に病弱で生家に帰り遷化され、龍門寺を出るときいただいたという。是山、泰覚、長谷老人、はその名前である。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) 大沢郷
地域(現地名) 大仙市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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