| あらすじ |
屋敷集落は、刈和野に程近いが、長く北楢岡村に属していた。それが昭和33年1月7日に西仙北町に編入合併になった。さて、高屋敷集落には「龍蔵台」という広い高台がある。これは土川の大野にも続く高原で、古くから「古城跡」ともいわれる。「さど八沼」は、今の高屋敷集落と、戸月集落、(神岡町)との中間位の所の龍蔵台の麓にある。昔は大木が繁り昼でもうす暗かった。その頃、この沼の上に(龍蔵台)「佐藤八郎」という豪族(ごうぞく)」が住んでいて、常に数頭の駿馬を養い、朝夕にはその足を冷やすため、この沼に追い入れたという。それで「さど八沼」の名が伝わったという。数年前区画整理で掘ったところ、砂利で踏み固められた道路が2筋、高台に向かって造られていたのがわかった。今は「まこも」が一面生い繁り、ただ豪族としかわからない。次に「石持の清水」である。さど八沼の上手のさほど遠くない、龍蔵台の麓に湧く清水で、そこに埋めてある「黄金の茶釜」から流れる。死期せまる病人も寿命が延びるといわれ、遠くからも来た人もいたという。今は涸れてしまっている。それから昔、この霊泉に次ぐ名水は、戸月の「小八郎家」の清水で、やはり龍蔵台に埋められている「銀の茶釜」から流れ出るといわれたが、わからなくなっている。 |