林冬嗣の豪勇(はやしふゆつぐのごうゆう)

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番号 5614 種別 伝説

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執筆者名 - 編者名 西仙北町
書名・誌名 町の昔をたずねて
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 西仙北町
発行年月日 昭和53年2月 発行年(西暦) 1978年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 31 終了頁 32
文体 通行体
冒頭文 刈和野は、佐竹領になっても、雄物川をはさんで、由利の諸藩と対しているので、要所とされ、いつも藩士をたむろさせていた。
結末文 この毛は長く家に伝わっていたものだが、或年の洪水で家財とともに流してしまったということである。

あらすじ 刈和野は雄物川を挟んで由利の諸藩と対していて、近郷の中心地であり、久保田街道、角館街道にもあたっており、宿場町でもあった。さむらい町でもあり、武勇伝も伝わっている。昔、林氏で、喜内冬兼の男、縫之丞冬嗣(としつぐ)とて、元禄16年に生まれ、天明6年11月83才でなくなられたという武士がいた。ある年、刈和野の御本陣(佐竹藩の役所で、今の西仙北診療所のあたり中心に大きな建物があった)で、時の佐竹公が来られ、武芸御試めしということになった。冬嗣は心陰、柳生両流の師範であり喜んで仕合に出た。第一番に勝った。仰せで第二番も勝った。殊のほかお喜びで三度目の仰せで、82才がにっこり笑ってみごとに勝った。感状と褒美を賜り、一族の面目をほどこした。更にこの冬嗣が四十才の頃のこと、ある秋の日の小雨そぼふる夜のことであった。帰宅途中、暗がりにさしかかると、六尺にも達する坊主(ぼうず)が行くのが見えた。その頃二日町に、伊藤玄恕という大男の医者がいたので、玄恕だと思い、何度も声をかけたが返事もふりむきもしない。しかし、当時は、坊主頭のものは、「医者坊主」といって坊主になる習わしであり、間違いないと思いまた言葉をかけたが返事がない。遂に腹をたてて「返事をせぬとは無礼なやつだ」とひとりごとを言うと背高坊主は、ひきかえし、ものもいわず、つかみかかって来た。組みつきみると、腕はとても太く、熊のように毛むくじゃらで、棒のように堅い。戦うこと一とき(今の2時間)東の空が白んできた。逃げようとしたので、引き寄せたが逃げられてしまった。この時、両手に一つかみづつの毛をむしりとった。家で家人と見れば牛の毛か熊の毛のようで、二またになった毛もあり、ただものとは思えなかったということだ。長く家に伝わっていたが、ある年の洪水で家財とともに流してしまったということである。             
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) -
地域(現地名) 大仙市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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