強首新川清龍大権現(こわくびしんかわしりゅうだいごんげん)

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番号 5610 種別 伝説

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AT分類 -

執筆者名 - 編者名 西仙北町
書名・誌名 町の昔をたずねて
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 西仙北町
発行年月日 昭和53年2月 発行年(西暦) 1978年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 18 終了頁 18
文体 通行体
冒頭文 強首を中心にこのあたりには、古巻、大巻、坂巻、岩巻と、巻と名のついた所が多く、いずれも雄物川添えの川岸に奔流が食い込んでうづ
結末文 強首神社のまうしろの「大欠」まで続く延々数町歩の地は、今、名産「強首白菜」の主生産地となっているのである。

あらすじ 強首を中心にこのあたりには古巻、大巻、坂巻、岩巻と、巻と名のついた所が多く、雄物川添えの川岸に奔流が食い込み、渦巻き流れることから名づけられた。強首という名も、昔、殿様に「村のかしらになれ」と名づけられるまではやはり強巻(こわまき)といった。一帯は年々田畑や家屋敷まで流された。ある時、流れを変えるため新川を掘ったが、だめで惨状を見ることになった。そこで時の強首村肝煎(きもいり)小山田治右エ門は藩公佐竹氏に歓願した。佐竹藩では弘化3年石井四郎右エ門をつかわし、「新川御堀替え」となり、12年間、安政4年まで続けた。長さ七百間余、深さ三丈余の大事業であった。ところで安政三年の夏がれの時のこと、新川口に浅瀬が出たので3丈余に掘り下げたところ、7月19日、総長さ2尺5寸3分無銘の名刀一腰が掘り上げられた。以来水が治まった。そこで、神刀を「清流大権現」の「御霊代(みたましろ)」とあがめ、翌安政4年5月19日に、如意山宝鏡三十六葉、義瑜(ぎゆ)に祭られた。この由来は、木札に書きしるされ、白さやにおさめた神刀と共に秘蔵尊崇されている。祭儀は年々行なわれ、白(しろ)木綿(もめん)2巾を縫い合わせ、長さ5、6m巾63cm、「奉納 清流大権現 文久二壬戌年七月吉日 石井四郎右エ門行年七九謹書」と黒々と染め抜きの「のぼり」も保存されている。神社後に続く数町歩の地は、今、名産「強首白菜」の主生産地となっている。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) -
地域(現地名) 大仙市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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