東岳と斎長(とうがくとさいちょう)
詳細情報
| 番号 | 5608 | 種別 | 伝説 |
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| 大分類 | 中分類 | 小分類 | 番号 | |
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| 日本伝説名彙 | - | - | - | - |
| 日本伝説大系 | 文化叙事伝説 | 英雄 | - | - |
| 日本昔話名彙 | - | - | - | - |
| 日本昔話大成 | - | - | - | - |
| 日本昔話通観 | - | - | - | - |
| 世間話 | - | - | - | - |
| AT分類 | - | |||
| 執筆者名 | - | 編者名 | 西仙北町 |
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| 書名・誌名 | 町の昔をたずねて | ||
| 書名(全集名等) | - | 巻・号 | - |
| 発行所 | 西仙北町 | ||
| 発行年月日 | 昭和53年2月 | 発行年(西暦) | 1978年 |
| 所蔵先 | 秋田県立図書館 | ||
| 開始頁 | 11 | 終了頁 | 11 |
| 文体 | 通行体 | ||
| 冒頭文 | 画工として、玄人でありながらまずい絵を描く人と、素人だがよい絵を描く人とあることは、今も昔も変わらない。 | ||
| 結末文 | いかにも二人のお人柄を思わせるに足る話だと思う。 | ||
| あらすじ | 刈和野の人で玄人だが大成までしない大坂東岳という人がいた。初め文嶺と号し、角館竹村文海の門に入り絵を学んだ。あの平福穂庵とは腕を競い合っていた。ところが穂庵上京後は性格が変わり、酒を陶然と飲みあかすようになった。絵も変ったが筆盛んな頃は逸品も多いとのことである。風景、花鳥、人物何れもよくした。明治15年旧11月16日卒、法名釈信嶺不退位の墓石が、土川村小笠原多右工門、大正7年立、と刻まれて、刈和野願竜寺の墓地に建っている。さて東嶺と同年輩で親友に斎長という人がいた。斎藤長十郎の愛称である。刈和野の人で東嶺に及ばないが、凧絵は特に上手で、だいほう紙4枚の頼光の絵はすばらしかったという。絵は遺っていない。明治30年頃に没されたようである。二人の挿話を紹介する。或る年の夏、老境に入ってからさみだれの降る夜、よく飲み語り合った。夜更け土間を出て入口で二人放尿していた。さみだれを尿の音と思い、いつまでもたれ続けていたそうである。 |
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| 追記 | - |
| その他 | - |
| 地域(原文に書かれている地域名) | - |
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| 地域(現地名) | 大仙市 |
| 史跡等 | - |
| 音声データ | - | 音声収録年月日 | - | 音声収録年(西暦) | - |
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| 話者名 | - | 話者情報 | - | ||
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