伝説写真

地図

佐之さん堂の由来(さのさんどうのゆらい)

詳細情報

番号 5535 種別 伝説

  大分類 中分類 小分類 番号
日本伝説名彙 祠堂の部 薬師・観音・不動(仁王・毘沙門・大師・権現・閻魔・如来・仏堂・鐘・弁天・稲荷・大明神・神社・宮) - -
日本伝説大系 - - - -
日本昔話名彙 - - - -
日本昔話大成 - - - -
日本昔話通観 - - - -
世間話 - - - -
AT分類 -

執筆者名 小川常雄 編者名 戸田賢衛、磯村朝次郎、吉田仁誠、船木鉄雄、佐藤誠儲、大野恭子
書名・誌名 男鹿の昔ばなし
書名(全集名等) - 巻・号 -
発行所 男鹿市教育委員会
発行年月日 平成5年3月 発行年(西暦) 1993年
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 26 終了頁 30
文体 通行体
冒頭文 北浦の町の中央を流れる加茂川の橋のたもとから、海岸と反対の小高い丘に登る小道は、古くから西水口、戸賀、加茂青砂へ通じる道路で、ここからは瑞光寺、雲昌寺、休宝寺の門前町で、通称門前と呼ばれているところです。
結末文 毎月の十三日はもちろん、お盆の十三日、正月の初参りなど、今でも講中の守り神となっております。

あらすじ 天明の飢饉のころ、佐之(さの)という男が母親と貧しく暮らしていた。佐之は乱暴物でひねくれ者だったので村の厄介者であった。ところが雲昌寺の和尚さんだけはこの親子をなにくれと面倒みて助けていた。ある日、村のあちこちで大事なわらび粉が盗まれる事件が起き佐之は全部の罪をきせられる。みせしめの刑を受けようとした所に母親が来て「怨め、怨め、七代七流れ祟れ」と叫んで真山に消えたので、佐之はかえって怨まれ生き埋めの刑にされる。後に供養碑が建てられるが、いくら向きを変えても真山を向くというので、お堂が建てられ「佐之さん堂」と呼ばれている。
追記 話者は古仲宗賢、高野トミ、中村ハナ
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) -
地域(現地名) 男鹿市
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

PDF -