三浦義包(よしかね)(みうらよしかね)

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番号 4937 種別 伝説

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執筆者名 人見蕉雨 編者名 -
書名・誌名 黒甜瑣語
書名(全集名等) - 巻・号 上
発行所 秋田魁新報社
発行年月日 昭和43年6月10日 (寛政2年~6年) 発行年(西暦) 1968年 (1790年~1794年)
所蔵先 秋田県立図書館
開始頁 68 終了頁 69
文体 文語体
冒頭文 代かはり時うつりて今はむかしとなんぬ。
結末文 蘇りしに人間ひても答ふる事を知らさりと『竹陰劇談』に見湯

あらすじ 秋田押切(今の浦村一日市の辺り)の城主三浦五郎義包は、城介実季の信頼する家臣であったが、小和田某の讒言により穀丁の砦で横死を遂げた。その霊は鬼となって小和田父子を取り殺し、その怨念は羽吹の嶺(今の雄鹿寒風山)にいて秋田の人々を害したが、英傑である実季には近づき得なかった。松原の補陀寺九代目の草庵和尚が、この怨念を抑えようとしたところ、不気味な風が人を襲い、和尚と問答をしていたが、最後には和尚の徳に触れ懺悔して去った。
 京の本能寺には信長の怨念がいて、自害の間には人が入れない。山中加介という者がこの間で夜を過ごしたら、物の怪に襲われたかのように逃げ出し、悶絶して気を失い、気がついても話せなくなったと、『竹陰劇談』に書いてある。
追記 -
その他 -

地域(原文に書かれている地域名) 秋田押切
地域(現地名) 八郎潟町
史跡等 -

音声データ - 音声収録年月日 - 音声収録年(西暦) -
話者名 - 話者情報 -

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