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朴の木清水の捨子(ほうのきしずのすてご)
詳細情報
| 番号 | 4625 | 種別 | 伝説 |
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| 大分類 | 中分類 | 小分類 | 番号 | |
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| 日本伝説名彙 | 坂・峠・山の部 | 谷・洞(崖・窟・沢・島・碓・瀬) | - | - |
| 日本伝説大系 | - | - | - | - |
| 日本昔話名彙 | - | - | - | - |
| 日本昔話大成 | - | - | - | - |
| 日本昔話通観 | - | - | - | - |
| 世間話 | - | - | - | - |
| AT分類 | - | |||
| 執筆者名 | - | 編者名 | - |
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| 書名・誌名 | 東由利の民話 | ||
| 書名(全集名等) | - | 巻・号 | 1 |
| 発行所 | 東由利町教育研究所 | ||
| 発行年月日 | 昭和57年9月 | 発行年(西暦) | 1982年 |
| 所蔵先 | 秋田県立図書館 | ||
| 開始頁 | 11 | 終了頁 | 13 |
| 文体 | 通行体 | ||
| 冒頭文 | 昔からの言い伝えで「巳年のけかじ」(天保四年一八三三年)と言って、天気具合がよくないため農作物がとれないので食べ物が足りなく | ||
| 結末文 | その後、この清水のそばを通るごとに人々の耳に「マテー、マテー」と言う子供の泣き声が聞こえるということです。 | ||
| あらすじ | 言い伝えで「巳年のけかじ」(天保4年1833年)と言い、大飢饉が起きた。約50年前にも天明の飢饉が5年程続いたが、天保の飢饉は約8年続いた。記録によると、春から水不足で田植えの出来ない田圃が多くあった。見かねた矢島の殿様(当時東由利は矢島にいた生駒という殿様が治めていた)は矢島の城下で1日1杯のおかゆを無料で振る舞うことにした。そのため八塩山を越えてくる人も多くいた。ある百姓もおかゆをもらうため子供を連れ山道を進んでいたが、何日も食べていない子供の足は遅く、山道は容易ではなかった。途中の「朴の木清水」で親子は喉を潤したが、子供はお腹一杯になり眠ってしまう。それを見て親は子供を置いて言ってしまう。目を覚ました子供は夢中で親を呼び続けたが、とうとう清水のそばで死んでしまった。人々は塚を作って弔ったが、この清水のそばを通る人々の耳に「マテー、マテー」という泣き声が聞こえる。 |
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| 追記 | - |
| その他 | - |
| 地域(原文に書かれている地域名) | 八塩 |
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| 地域(現地名) | 由利本荘市東由利 |
| 史跡等 | - |
| 音声データ | - | 音声収録年月日 | - | 音声収録年(西暦) | - |
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| 話者名 | - | 話者情報 | - | ||
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