棒術遺聞(ぼうじゅついぶん)
詳細情報
| 番号 | 3959 | 種別 | 伝説 |
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| 大分類 | 中分類 | 小分類 | 番号 | |
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| 日本伝説名彙 | - | - | - | - |
| 日本伝説大系 | 文化叙事伝説 | 英雄 | - | - |
| 日本昔話名彙 | - | - | - | - |
| 日本昔話大成 | - | - | - | - |
| 日本昔話通観 | - | - | - | - |
| 世間話 | - | - | - | - |
| AT分類 | - | |||
| 執筆者名 | - | 編者名 | 由利町史編さん委員会 |
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| 書名・誌名 | 由利町史 由利町発足十五周年記念出版 | ||
| 書名(全集名等) | - | 巻・号 | - |
| 発行所 | 由利町 | ||
| 発行年月日 | 昭和45年10月20日 | 発行年(西暦) | 1970年 |
| 所蔵先 | 秋田県立図書館 | ||
| 開始頁 | 613 | 終了頁 | 614 |
| 文体 | 通行体 | ||
| 冒頭文 | 由利原争奪戦は元禄三年の幕府裁断によって一応けりがついたのだが、やはりその後もたびたび問題が起こり、秣場境界不明に起因する争闘があったようである。 | ||
| 結末文 | その庵の跡を今でも柳生田と名づけている。 | ||
| あらすじ | 由利原争奪戦は元禄三年の幕府裁断によってけりがついたことになっていたが、たびたび境界争いが絶えないため、護身術を身につけるようになった。高橋与兵衛は先祖伝来の棒術の道場を開き、門人は四、五十人いた。与兵衛は得意とする水車の術を、高弟のひとりに免許皆伝を許したが、弟子の一人がねたみ、体調を崩した与兵衛を待ち伏せ、棒で腹を突いた。それから与兵衛は村はずれに庵を結びそこで一生を終えた。 |
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| 追記 | - |
| その他 | - |
| 地域(原文に書かれている地域名) | - |
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| 地域(現地名) | 由利本荘市 |
| 史跡等 | - |
| 音声データ | - | 音声収録年月日 | - | 音声収録年(西暦) | - |
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| 話者名 | - | 話者情報 | - | ||
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