斎藤 寅次郎 さいとう とらじろう

斎藤 寅次郎(さいとう とらじろう)

斎藤 寅次郎(さいとう とらじろう)

斎藤 寅次郎(さいとう とらじろう)

斎藤 寅次郎(さいとう とらじろう)

受入番号
60
資料名
斎藤 寅次郎(さいとう とらじろう)
特長
奇喜劇の神様
斎藤(さいとう)
寅次郎(とらじろう)
出身地
由利本荘市(旧矢島町)
出生年
1905年(明治38年)
没年
1982年(昭和57年)
年譜
1905年 由利本荘市(旧矢島町)に生まれる。
    本名・寅二郎。
    明治薬学校をへて星製薬宣伝部で映写技師。
1922年 松竹キネマ映画研究所に入所。
1924年 大久保忠案監督のもとで助監督。
1925年 監督に昇進。第1回作品「桂小五郎と幾松」。
1927年頃~ 喜劇をとりまくり、喜劇の神様と言われる。
1935年 「この子捨てざれば」でキネマ旬報ベストテン。
1937年 東宝に移籍。
1946年 「東京五人男」がヒット。
1982年 神奈川県で没。77歳。
資料解説
奇想天外、抱腹絶倒のナンセンスギャグ、スラップスティックコメディーの名監督。
健康的な笑いを生む、多くの名作喜劇映画を創り出す。
有名喜劇俳優を発掘し育てた。
分野
教育・スポーツ・芸術文化 / 映画